INTRODUCTION

第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品 エキュメニカル審査員賞受賞

伝説の映像作家テレンス・マリック、初の実話映画化

今、伝えなければと巨匠を駆り立てた〈名もなき生涯〉とは――? 愛と信念でナチスに立ち向かった男を描く一大ヒューマン・ドラマ

五感を揺さぶる唯一無二の映像体験によって観る者を別次元へと誘い、今や生ける伝説と呼ばれる映画監督、テレンス・マリック。『天国の日々』(78)でカンヌ国際映画祭監督賞、『シン・レッド・ライン』(98)でベルリン国際映画祭金熊賞、『ツリー・オブ・ライフ』(11)でカンヌのパルム・ドールを受賞し、アカデミー賞®監督賞にも2度ノミネートされるなど、確固たる称賛と評価を贈られてきた巨匠だ。
そんなマリックが、最新作では長編映画監督としての46年のキャリアの中で、初めて実在の人物を描く。第二次世界大戦時、ドイツに併合されたオーストリアで、ヒトラーへの忠誠と兵役を拒絶し、ナチスに加担するより自らの信念に殉じることを選んだ、フランツ・イェーガーシュテッターという一人の農夫の生涯を、自らの映像に刻みつけることを切望したのだ。
2019年、カンヌ国際映画祭公式上映において世界初披露されるや、鳴り止まぬ歓声を浴び、「人間の内面を豊かに描いた作品」に贈られる、エキュメニカル審査員賞を見事に受賞した。自身の最高傑作を塗り替えたという絶賛の声とともに送り出された、映画史に重要な足跡を残す一本が、ついに日本にもやって来る。 見事に受賞した。自身の最高傑作を塗り替えたという絶賛の声とともに送り出された、映画史に重要な足跡を残す一本が、ついに日本にもやって来る。

ヨーロッパの名優たちが知られざる人々を〈生きる〉 平和への祈りが心を震わす、かつてない感動の物語

オーストリアの山と谷に囲まれた美しい村で農夫として働くフランツは、妻のファニと3人の娘と、穏やかで幸せな暮らしを送っていた。けれども、第二次世界大戦の戦火が日々激しくなり、フランツにも召集令状が届く。基地に出頭したフランツは、ヒトラーへの忠誠を誓う署名を頑なに拒み、直ちに収監される。非国民と責められ、孤独に耐えながら裁判を待つフランツを、ファニは手紙で優しく励ますが、彼女自身も村で裏切り者の妻としてひどい仕打ちを受け始める──。
フランツには、ヨーロッパで数々の賞に輝き、『イングロリアス・バスターズ』で国際的に注目されたアウグスト・ディール。マリック監督のたっての希望から主演を務め、罪なき人々が殺される戦争への憤りを強い眼差しで表現する。ファニことフランチスカには、『エゴン・シーレ 死と乙女』でオーストリアの栄えある賞を受賞したヴァレリー・パフナー。ひたむきな瞳が、愛とは相手のすべてを尊重することだと教えてくれる。さらに、先ごろ亡くなったヨーロッパ映画界最高峰の名優、『ヒトラー ~最期の12日間~』のブルーノ・ガンツが、判事役でスクリーンに厳粛で深い感銘をもたらす。その澄み渡った音色に心洗われる音楽は、アカデミー賞®に8度ノミネートされた『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』のジェームズ・ニュートン・ハワード。

なぜ、政府や軍に脅されても市長や神父から説得されても、フランツは最期まで己の信念を貫き通したのか? そこで彼が見つめていたものは何だったのか。神の存在すら身近に感じさせるあまりにも美しい光と風景のなか、ファニとの愛に満ちた胸を震わす書簡を紐解きながら、人間の真実と尊厳に迫る。
世界に再び争いの季節の足音が響き始めた今だからこそ、76歳を迎えた巨匠が作家生命をかけて人々に問う。知られざる男の〈名もなき生涯〉を力強く崇高に描き切った、観る者の魂を揺さぶってやまない感動のヒューマン・ドラマ。

STORY

初めて会った時から互いにひとめで惹かれ合ったフランツ(アウグスト・ディール)とファニ(ヴァレリー・パフナー)は間もなく結婚し、この幸せがずっと続くと思っていた。時は1939年、オーストリアの精密な地図にしか載っていないような小さな村、ザンクト・ラーデグント。豊かな自然をたたえた山と谷に囲まれた畑で、村人のほとんどが農業を営む平和なこの地にも、第二次世界大戦でオーストリアを併合したナチスドイツの影が、少しずつ広がり始めていた。
1940年、エンス基地での軍事訓練に召集されたフランツは、何か月も愛する家族と離れて暮らすことになる。「君の歌が聴きたい」とファニに愛を込めた手紙を書き送っていたフランツだが、ナチスの不穏な動向を見つめるうちに、「国に何が起きた?」と不安を綴るようになる。
そんな中、フランスが遂に降伏し、戦争は終結するかに見えた。フランツも生まれたばかりの3人目の娘が待つ我が家へと帰還し、母とファニの姉レジー(マリア・シモン)と共に、再び平穏な日々を送り始める。
だが、戦火はやむどころか日に日に激しさを増し、村の男たちはいつ召集されてもおかしくない状況となる。そんな中、フランツは自らが信奉するキリストの教えにかけて、「兵役は断ります。罪なき人は殺せない」と、神父に告げる。心配した神父が司教のもとへフランツを連れていくと、司教からも「祖国への義務がある」と諭されるのだった。

フランツが兵役を拒否しようとしていることは、あっという間に村に広まる。「村に対して罪を犯している」「死刑だぞ」「女房や子供はどうなる? 路頭に迷うぞ」「裏切り者」とレジーや友人、近隣の人々から口々に責められるが、フランツには「悪しき指導者」だと確信するアドルフ・ヒトラーに、忠誠を誓うことなどどうしてもできなかった。
そんなフランツのもとに、とうとう召集令状が届く。フランツはあらためて信念を貫くと決意し、ファニもそれに従う覚悟を決める。1943年3月2日、フランツはエンスに出頭し、ヒトラーと第三帝国への忠誠宣誓を拒絶し、ただちに逮捕される。「抵抗して誰のためになる?」「世界の創造者は悪も作った」と理詰めで追い詰められ、狭い独房に閉じ込められ、フランツの心は折れそうになる。
1943年5月4日、ベルリンの拘置所へと移送されるフランツ。「僕なら大丈夫だ」と妻に書き送るが、「負けちゃダメ。善人は勝つと信じなきゃ」と常に励ましてくれるファニの手紙だけが支えだ。しかしそのファニも、窮地に追いやられる。3人の娘を一人で育てながら、畑仕事に疲れ果てる毎日の上に、村の人々から憎しみをぶつけられ、完全に孤立していたのだ。
1943年7月、帝国軍事法廷にて裁判が開かれ、フランツに死刑の判決が下される。弁護士と神父と共にベルリンへ駆けつけたファニは面会を許される。もうすぐ戦争は終わるのだから、表面的に誓えばいいと、処刑中止の請願をするよう説得されるフランツ。自らの命よりも大切なものがあると信じるフランツに、ファニが最後に贈った愛の言葉とは──?

CAST

August Diehl アウグスト・ディール【フランツ・イェーガーシュテッター】
1976年、ドイツ生まれ。『23 トゥエンティースリー』(98・未)でデビューし、ババリアン映画祭で最優秀若手俳優賞、ドイツ映画賞で最優秀俳優賞を受賞して注目される。その後、『ヒトラーの贋札』(07)と『イングロリアス・バスターズ』(09)で世界的に知られる。その他の出演作は、『9日目 ~ヒトラーに捧げる祈り~』(04・未)、『青い棘』(04)、『もうひとりの女』(06)、『ソルト』(10)、『リスボンに誘われて』(13)、『マリアンヌ』(16)など。
Valerie Pachner ヴァレリー・パフナー【ファニ・イェーガーシュテッター】
1987年、オーストリア生まれ。ウィーンの有名なマックス・ラインハルト・セミナーで演技を学ぶ。課程を終了後、ミュンヘンに移り、レジデンツ劇場の正規団員となる。『エゴン・シーレ 死と乙女』(16)で、天才画家シーレのモデルで恋人のヴァリ役を演じて絶賛され、オーストリア映画賞で最優秀女優賞を受賞する。ベルリン国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア上映された『Der Boden unter den Füßen』(19・原題)では主人公を演じている。
Maria Simon マリア・シモン【レジー、ファニの姉】
1976年、東ドイツ生まれ。ベルリンのエルンスト・ブッシュ演技大学で演技を学ぶ。デビュー作『Zornige Küsse』(00・原題)で、モスクワ国際映画祭最優秀女優賞を獲得して話題を集める。さらに、世界各国で大ヒットを記録した『グッバイ、レーニン!』(03)で、広くその名を知られる。その他の出演作は、TV映画「検屍官 沈黙する死体」(06)、ジュリー・デルピーが監督・主演を務めた『血の伯爵夫人』(09・未)など。
Bruno Ganz ブルーノ・ガンツ【ルーベン判事】
1941年、スイス生まれ。長きにわたりドイツ語圏の映画とTVで活躍した名優。ヴェルナー・ヘルツォーク、ヴィム・ヴェンダース、フランシス・フォード・コッポラ、リドリー・スコットなど世界各国の名監督と仕事をした。最も有名な役は、『ベルリン・天使の詩』(87)の天使と、『ヒトラー ~最期の12日間~』(04)のヒトラーである。2010年には、ヨーロッパ・フィルム・アカデミーより生涯功労賞を授与された。惜しくも2019年2月に他界した。
Matthias Schoenaerts マティアス・スーナールツ【ヘルダー大尉】
1977年、ベルギー生まれ。父であるユリエン・スーナールツと共演の舞台「星の王子様」からキャリアをスタートする。2002年にアントワープの王立演劇学校を卒業する。その他の出演作は、『君と歩く世界』(12)、『マイ・ブラザー 哀しみの銃弾』(13)、『ヴェルサイユの宮廷庭師』(14)、『パーフェクト・ルーム』(14)、『フランス組曲』(14)、『リリーのすべて』(15)、『胸騒ぎのシチリア』(15)、『遥か群衆を離れて』(15)、『レッド・スパロー』(18)など。

STAFF

Terrence Malick テレンス・マリック 【監督/脚本】
1943年、アメリカ、イリノイ州生まれ。映画界の“生ける伝説”と称えられる巨匠。マサチューセッツ工科大学で哲学を教えた後、アメリカ映画協会映画学校(AFI)で映画製作を学ぶ。1973年、『地獄の逃避行』で長編映画監督デビューを果たす。続く『天国の日々』(78)で、カンヌ国際映画祭監督賞を受賞する。その後、20年の沈黙を守った末に『シン・レッド・ライン』(98)で復帰し、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞し、アカデミー賞®にノミネートされる。さらに、『ツリー・オブ・ライフ』(11)で、カンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝き、再びアカデミー賞®にノミネートされる。その他の監督作は、『ニュー・ワールド』(05)、『トゥ・ザ・ワンダー』(12)、『聖杯たちの騎士』(15)、ドキュメンタリー映画『ボヤージュ・オブ・タイム』(16)。

PRODUCTION NOTES

  1. 01 STORY 遺族の許可と協力を得て初めて挑んだ実在の人物の物語
  2. 02 CAST 特別な信頼で結ばれなければ演じられない二人
  3. 03 PHOTOGRAPHY マリックを支えてきた撮影監督の自然光による長回しの撮影
  4. 04 LOCATION フランツの家を始めとする実際のロケーションで撮影
  5. 05 COSTUME 徹底的に時代考証された、農家の衣服と軍服
  6. 06 MUSIC 村で録音した環境音とオーケストラが織りなす音楽

テレンス・マリックによる、一人の男の自己犠牲の闇と光への旅を描く叙事詩、『名もなき生涯』は最も崇高な映画である。これは単に見るだけではなく、感覚の大聖堂のようにあなたはその世界に没頭する・・・まさに大スクリーンで見るべき映画だ。 Variety誌

『ツリー・オブ・ライフ』以来の最高傑作 ★★★★★ The Telegraph紙

『名もなき生涯』は天才の仕事だ ★★★★★ London Evening Standard紙

(C)2019 Twentieth Century Fox
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01 STORY

遺族の許可と協力を得て初めて挑んだ実在の人物の物語

本作は第二次世界大戦時にヒトラーへの忠誠宣誓を拒否し、ナチスへの加担より死を選んだオーストリアの農夫フランツ・イェーガーシュテッターの真実の物語である。フランツの逸話は、ザンクト・ラーデグント以外ではほとんど知られていなかった。1970年代に当地を訪れたアメリカ人ゴードン・ザーンによる研究が無ければ、埋もれたままだったかもしれない。
プロデューサーのグラント・ヒルは、「驚くべき不屈の愛の物語だ。群集心理や人が何かに駆り立てられる根源を掘り下げ、信念と良心のために限界まで奮闘する姿を描き出し、大義名分があれば善人を傷つけてもよいのかと厳しく問いかける。つまり、これはいつの時代にもあてはまる献身と愛と寛容の壮大な物語だ。マリック監督は、こうした側面に惹かれたのだと思う」と語る。
本作はマリック監督にとって初の実在した人物の伝記映画となり、その人物の子孫は存命している。ヒルは、「マリック監督はフランツの娘に本作に関わってもらおうとしたが、フランツの一族はひどく傷ついていた。そのため仲介者を通じて懇談の場を設け、事実に即した一族が納得できる物語を作る方法を模索した。その結果、彼女は映画を撮ることを承認し、製作期間中ずっと協力してくれた」と振り返る。

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02 CAST

特別な信頼で結ばれなければ演じられない二人

フランツとファニというメインのキャスティングには、自然な仲睦まじさが必要だった。最初に候補にあがったヴァレリー・パフナーが、ヒロイン役を射止めた。「ヴァレリーは周囲を明るくするキャラクターで、ファニと同じ地域で育ったという強みもあったし、演じる役柄を完璧に理解していた」とヒルは称賛する。
マリック監督はアウグスト・ディールに、フランツ役を何度も依頼したが、スケジュールが合わないと断られていた。ところが、キャスティングの最終日、ディールが突然オフィスにやって来て、ヴァレリーと本読みを始めた。「すぐにこれはうまくいくとわかった。呼吸もぴったりだし、繊細かつ意志が強いところも似ていた」とヒルが振り返る。
ディールは、「マリック監督は、これから一緒に仕事をする私という人間を知りたがっていた。私が電気の通っていないフランスの農場で育ったと話すと、監督は大変興味を持ち、そこでの暮らしぶりや体験をあれこれ聞いてきた」と語る。ディールは、イェーガーシュテッター夫婦の往復書簡を、マリック監督の脚本とはまた別の脚本と捉えて、大切に取り扱ったと言う。
一方、パフナーがマリック監督と最初に話したのは電話だった。パフナーは、「世間話などは一切しなかったわ。単刀直入に、世界観や人生観について語り合ったの。それですぐに、この役は絶対にやりたい、この監督の映画に出たいと感じたわ」と振り返る。マリック監督は、第一次世界大戦中に出兵した男に代わって、農作業を仕切った女性たちに関する本をパフナーに贈った。
ディールは、パフナーとの共演を<特別なもの>と表現する。「この映画で芝居をするには、本気でヴァレリーを信頼しなくてはならなかった。思い切った演技が要求されたが、ヴァレリーも同じテンションで演じようとしているのを感じたので、二人で大胆にいった」

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03 PHOTOGRAPHY

マリックを支えてきた撮影監督の自然光による長回しの撮影

撮影監督のイェルク・ヴィトマーは、マリック組の常連スタッフであり、過去作品でも映画のトーンを決定する重要な役割を担ってきた。「マリック監督はマンネリを嫌い、新しいやり方を好む。役者には大いに自由を与え、実験する余地を作る。だから撮影班もつられて、新しい画を撮ってやろうと創造的になっていくんだ」とヴィトマーは言う。「監督と私には長い仕事の歴史がある。過去5作でカメラとステディカムを回したので、監督のやり方はよくわかっている」
マリック監督とヴィトマーの間で、自然光を優先し、よほどのことがない限り照明はたかないと決めていた。しかし天候には逆らえず、柔軟にならざるを得ないこともあった。「照明方法を変える時は、露出が適正になるように光量に過不足がないか常にチェックしていた」とヴィトマーは説明する。
天候の問題がない場合は、監獄のセットでさえも太陽光で撮った。日中の陽のある時間にスケジュールを合わせ、陽が沈むまで撮り続けた。「納屋では建物の開口部からの日差しや灯が採れる時に撮影した」とヴィトマーは説明する。
撮影は、レッド社のデジタルカメラシステム<エピック・ドラゴン>で行われた。くっきりしたコントラストを出せて、画の明暗部両方のディテールを保持しながら、オリジナルの色彩も残せるという利点で採用された。
主演のディールは、マリック監督のロングテイク撮影について、「独特だった。執拗な長回しを続けることで、役者を自然に画の中に溶け込ませる」と説明する。

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04 LOCATION

フランツの家を始めとする実際のロケーションで撮影

イェーガーシュテッター家は、ザルツブルグとドイツ国境に近い北部オーストリアにある、人口500人のザンクト・ラーデグントという小さな村に暮らしていた。ヒトラーが生まれ青年期を過ごした街と同じ州であり、ドイツの総統であったときの山荘、ベルヒテスガーデンからも遠くない。
撮影は、イタリア最北部の州、南チロルで24日間行われた後、オーストリアに移りザンクト・ラーデグントで数日間行われた。監獄のシーンは、ドイツのツィッタウとベルリンで14日にわたり行われた。ロケ地は、教会、聖堂、本物の家畜のいる農場、果樹園、山腹、平原、田舎道などに及んだ。美術監修のスティーブ・サマーズギルは、「自然そのものと自然の中の環境が、映画のサブテーマになっている。ロケ地の環境を基盤に、美術を作り込んでいった」と振り返る。
美術のゼバスティアン・クラヴィンケルは、フランツの書いた手紙や保存された資料をもとに、その人柄と経歴上重要な場所の調査をした。「設定に合った季節でロケ地を見るために、1年前にロケハンしたところもある」とクラヴィンケルは語る。辺鄙で骨の折れる時もあったロケ撮影だったことが、映画全体にリアリティを生んだとヒルは指摘する。「マリック監督が、本物の環境での撮影にこだわったので、役者たちは地元の方々が何百年もやってきたように大鎌を使えるように指導を受け練習した」
撮影に使われた牢獄の一つのホーエンエックは、シュタージが管轄していたもので、非人道的な環境だったことで悪名高い。フランツが投獄された時のままの現存するテーゲル刑務所でも撮影が行われたが、今も稼働中のため内部の撮影は他の場所にせざるをえなかった。
長年にわたり巡礼の地となっている、実際のイェーガーシュテッター家の屋内や家の下の森の中、ザンクト・ラーデグントに近いザルツアッヒ川やなどでも撮影が行われた。映画の中に映る、イェーガーシュテッター家のリビングルームの壁にかかっている時計は、フランツが処刑された1943年8月9日午後4時にファニがその鐘の鳴るのを聞いた当時の時計である。その時、フランツがそばに戻ってきた気がしたとファニは語っている。夫婦の寝室には、ファニの刺繍が壁に飾られていて、当時のままに見える。夫婦の3人の娘、マリア、ロザリア、アロイジアは、ザンクト・ラーデグントやその近くに今も暮らしている。ファニは2013年に100歳で逝去した。
イェーガーシュテッター家の近隣にある、農家の友人エキンガー宅でも撮影が行われた。現在のザンクト・ラーデグントの畑は、当時なかったトウモロコシで一面が覆われている。住宅は近代的になり、電線も張られている。イェーガーシュテッター家のすぐ隣も同じ状況だったため、撮影は村の中ではなく山を分け入った高地をベースにした。
ベルリンでの裁判の場面は、ショーネベルグの忌まわしい上級地方裁判所で撮影された。「ナチスが実際に、おびただしい死刑判決を出した法廷に入るのは気味が悪かった」とクラヴィンケルは証言する。

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05 COSTUME

徹底的に時代考証された、農家の衣服と軍服

フランツは畑仕事以外にも近隣の教会で雑務を担っていた。掃除をし、鐘を鳴らし、結婚式や葬式の準備なども無償で奉仕した。衣装のリジー・クリステルは、仕事内容に合わせるだけではなく経済状態も加味して、細心の注意を払って考証したと説明する。「今回はリアルさの追求が最優先だった。幸いにも山村にある小さな博物館に、当時の本物の服が豊富に残っていたの。役に合わせて衣装も作ったけれど、程度の良い着古した服も使うことが出来たわ。さらに、南チロルで撮影が始まった時、人里離れた山村の人々に関する素晴らしい本と出会ったの。畑で働く人々のリアルな顔つきに、インスピレーションが大いに沸いたわ」
クリステルは、細かいが重要なディテールを見逃さなかった。例えば、オーストリアの新兵が着用したドイツ国防軍の軍服にはある違いがあった。「肩章のパイピングが違う。ドイツ国防軍の特殊部隊では薄い青なの。しっかり考証することが私の使命だったわ」

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06 MUSIC

村で録音した環境音とオーケストラが織りなす音楽

音楽を作曲したジェームズ・ニュートン・ハワードは、マリック監督と意見交換しながら劇伴の構想を固めていったと語る。「監督の案に従って、撮影の時に録音した村の教会の鐘、牛や羊の鳴き声、製材所の音、刑務所の音、畑の草刈りなどの環境音を音楽に混ぜ合わせ、劇伴全体の要素として織り込んだ」
ハワードが、こう締めくくる。「人の気持ちの移り変わりと良心の呵責という点を重視し、そこに起こる物語性を反映する音楽をつけた。ザンクト・ラーデグントの世界を表すには、オーケストラが最適だと感じ、ヴァイオリン奏者のジェイムズ・イーネスの独奏で、フランツとファニの絆を表した。この映画には重い歴史の背景があるけれど、本質的には現代にも通じるヒューマンドラマだ」