メインビジュアル コピー 映画『わたしはマララ』公式サイト 絶賛上映中! コピー
場面写真 場面写真 場面写真 INTRODUCTION アカデミー賞®を受賞した『不都合な真実』のデイヴィス・グッゲンハイム監督が、世界を変えようとしている17歳の少女とその家族を追ったドキュメンタリー「1人の子供、1人の教師、1冊の本、1本のペンが世界を変えるのです」  ―マララ・ユスフザイ彼女の名は、マララ。ブラッド・ピットが好きなふつうの女の子。なぜ、タリバンに撃たれたのか?なぜ、最年少でノーベル平和賞を受賞したのか?彼女を支えた家族との特別な絆とは──?18カ月以上もの月日をかけて、イギリス、ナイジェリア、ケニヤ、アブダビ、ヨルダンと世界を股にかけて活動するマララに密着。彼女とその家族との間に深い信頼を築いたグッゲンハイム 監督が、マララの生い立ちや、名前に関係する古い伝説を手描きのアニメーションで描くという斬新かつ叙情的なアプローチを交えながら、その素顔に迫る!今も命の危険に晒されながら、教育を受けられない子供のために世界中を飛び回る強い使命感に支えられるマララ。しかしカメラは、彼女の知られざる10代の繊細な素顔も捉える。故郷や友達を思い出しながら「もう一度だけ我が家を見たい」と語る言葉が胸をつく。”ふつう”の女の子が世界を変えていく奇跡の道のり、そして一人の女性の成長を瑞々しく捉えた 感動ドキュメンタリーが誕生した!
背景 場面写真 場面写真 STORY
 その昔、勇敢な少女がいた。イギリスに侵攻されたアフガニスタンを救うため、彼女は「奴隷として百年生きるより、獅子として1日を生きたい」と叫んで兵士に希望を与え、自ら前線に立ち銃弾に倒れた。少女の名前はマラライ。その名を父から付けられたマララ・ユスフザイは、2012年10月9日、タリバンに頭部を撃たれ、昏睡状態に陥った。パキスタンで「女子に教育を」と訴える活動を続けていた15歳の少女は、伝説の少女と同じ運命を辿るのか──世界中が見守るなか、マララは奇跡的に一命をとりとめる。 2013年、イギリス、バーミンガム。パソコンで大好きなブラッド・ピットやテニス・プレイヤーのフェデラーの画像を見てはにかみ、二人の弟たちと他愛のないことですぐケンカになるマララは、どこにでもいるふつうの女の子。しかし、左眼のあたりには今も傷跡が残っている。娘の死を覚悟した両親は、激しい葛藤に苛まれたと語る。苦労して大学を卒業し、男女共学の学校を設立した父は、彼自身もタリバンに狙われていた。すべての女の子に教育をというマララの訴えは、父の希望でもあり、読み書きのできない母の悲願でもあったのだ。タリバンがスワート渓谷にやって来たのは、2007年のことだった。リーダーのファズルッラーは、最初のうちは魅力的な善人に見えたと言う。その頃、マララの父は自ら設立した小さな学校で、校長に経理、掃除係まで兼任していた。やがてタリバンはCDやTV、パソコンを燃やし、反発する者たちを襲撃、マララの父も幾度となく殺害予告を受け取る。ついに彼らは女子教育を全面的に禁止し、従わない学校を爆破した。マララはペンネームで現状を訴える日記を英BBC放送に投稿。それでも激化する戦火に耐えかねて、カメラの前でタリバンを非難し、銃弾を浴びることになったのだ。伝説の少女マラライは、銃弾に散った。だが、マララは再び立ち上がり、自らの手で宿命を変えた。家族の愛と平和を望む世界中の人々の願いに守られて――。過酷なリハビリに耐えて笑顔を取り戻したマララは、16歳の誕生日に国連で行ったスピーチで、変わらぬ決意を語る。そして、「君の人生は父親が選択したのでは?」という多くの人々が抱いた疑問に対して、今マララの口から真実が明かされる──。
  • マララと会ってフィクションをドキュメンタリーに変更
  • 信頼の絆で結ばれたグッゲンハイム監督とマララの一家
  • ドキュメンタリーとアニメーションの驚くべき融合
  • マララの故郷、スワート渓谷の美しさを再現
  • マララの名前が真に意味するもの
production notes

場面写真

マララと会ってフィクションをドキュメンタリーに変更

マララと会ってフィクションをドキュメンタリーに変更/本作の最初の企画は、ドキュメンタリーではなくフィクションだった。『グラディエーター』、『フライト』など力強いドラマをプロデュースしてきたウォルター・パークスとローリー・マクドナルドは、マララの自伝の初期の原稿を読み、長編劇映画の製作を考えていた。「マララの実話には、フィルムメイカーとして強く引きつけられた。そこには、過酷な状況をものともしない本物の勇気があった」とパークスは振り返る。彼らはイギリスへ行き、マララと彼女の家族と直に話をした。その結果、本作の目的が一変した。二人はマララの考え方の虜になり、ユスフザイ一家の絆に魅了されたのだ。「私たちは、マララを演じられるような役者はいないと悟った。彼女はとても個性的だ。ドキュメンタリーの方が、ずっと力強い方法だと気付いたんだ」とパークスは語る。進路を変えたプロデューサーたちは、デイヴィス・グッゲンハイムを監督に起用した。「ドキュメンタリー作家として優れた才能を持ち、教育に熱心な彼なら完璧だと考えたからだ」とパークスは説明する。だが、マララの父ジアウディン・ユスフザイは、一家の中へ映画のクルーを入れるという決断は容易ではなかったと語る。「私たちは人生のとても大きなトラウマを乗り越えたばかりで、カメラに追いかけられるのは辛いかもしれないと思った。でも、これまでも大義のためにいろいろなことをやってきたし、デイヴィスと会って彼のことが分かると、教育のための活動について伝えるのに、彼以上にふさわしい人はいないと確信した。」

  • ジアウディン・ユスフザイ(父)
  • トール・ペカイ・ユスフザイ(母)
cast

場面写真

ゴードン・ブラウン国連グローバル教育担当特使の特別顧問。マララ基金の共同設立者。1969年、パキスタン北部スワートのシャングラ生まれ。幼い頃から吃音だったが、自分に期待をかける祖父を喜ばせたいがために、13歳の時に弁論コンクールに出ると言って周囲を驚かせる。徹底的に練習を重ね、情熱のこもったスピーチを披露し、優勝を手にする。成績優秀で、スワートで最高の教育機関であるジェハンゼブ大学に入学できることになるが、祖父に大学に行くなら生活の面倒は見ないと言われ、仕方なく教師だった叔父の手伝いをする。ある時、別の親戚から居候を許され、念願の大学に通えることになる。卒業後、英語教師として大学に勤め、1995年に男女共学の小学校「クシャル・スクール」を設立、2003年にはハイスクールを併設する。2008年以降、スワートを支配するタリバンから度々殺害予告を受ける。2012年、娘のマララがタリバンに銃撃されたのを機に、イギリスのバーミンガムに家族で移住する。

  • デイヴィス・グッゲンハイム (監督・製作)
  • ウォルター・パークス、ローリー・マクドナルド(製作)
  • グレッグ・フィントン, A.C.E. (編集)
  • ブライアン・ジョンソン (編集)
  • ブラッド・フラー(編集)
  • エリック・ローランド(撮影監督)
  • トーマス・ニューマン(音楽)
  • スキップ・リーヴセイ (音響効果監修) 
  • ジェイソン・カーペンター (アニメーション)
staff

場面写真

1963年、アメリカ、ミズーリ州生まれ。アメリカの元副大統領アル・ゴアの環境問題に関する講演活動を追いかけた『不都合な真実』(06)で高い評価を受け、アカデミー賞®長編ドキュメンタリー賞を受賞する。その他に手掛けたドキュメンタリー作品は、『ゲット・ラウド ジ・エッジ、ジミー・ペイジ、ジャック・ホワイト×ライフ×ギター』(08)、『スーパーマンを待ちながら』(10・未) 、TV映画「Teach」(13)など。選挙キャンペーンのためのバラク・オバマ大統領関連の作品『A Mother’s Promise: Barack Obama Bio Film』(08)、短編『The Road We’ve Traveled』(12)、『Obama 2012 Convention Film』(12)も監督した。TVシリーズでも活躍、「NYPD BLUE ~ニューヨーク市警第15分署」(95~96)、「ERⅢ 緊急救命室」(96)、「24 TWENTY FOUR」(02)、「ザ・シールド ~ルール無用の警察バッジ~」(03)、「デッドウッド ~銃とSEXとワイルドタウン」(04)、「ザ・ユニット 米軍極秘部隊」(06)などの数エピソードを監督する。また、デンゼル・ワシントンがオスカーに輝いた『トレーニング デイ』(01)では製作総指揮を務める。

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