MAKING

日本映画への愛とリスペクトから
生まれた物語

ロマン・コッポラ、ジェイソン・シュワルツマンと共同で本作の物語を作ったウェス・アンダーソン監督は、「僕たちは日本が大好きなので、日本映画からインスピレーションを得た何かを作りたかった。そこで、舞台を全編日本にした」と語る。本作には、小津安二郎から黒澤明、そして鈴木清順に至るまでの最も偉大な日本の映画監督に加えて、50~60年代の日本の怪獣映画のこだまが鳴り響いている。中でも、「黒澤作品が一番この映画に影響を与えている」とアンダーソンは打ち明ける。特に、『酔いどれ天使』(48)、『野良犬』(49)、『悪い奴ほどよく眠る』(60)、『天国と地獄』(63)など、当時の都会を舞台に、誠実で人間味溢れるキャラクターが、時代の闇と戦う姿を描いた作品からインパクトを与えられた。そして、これらに出演している三船敏郎の豊かな表情からインスピレーションを受けたキャラクターが小林市長だ。

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また、浮世絵の二人の巨匠、広重と北斎からも影響を受けている。
アニマティックスの編集者エドワード・バーシュは、「最初にウェスから脚本と一緒にもらったのは、数枚の浮世絵だ。あとは、犬と日本の犬の像の写真、そして猛烈なビートを叩いている3人の太鼓奏者を収めたビデオだ。それらが、映画のムードを決めた」と振り返る。

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ストップモーション・アニメの常識を破る
誰も観たことのない世界

ストップモーション・アニメの技術は、ほとんど変化していない。デジタル・カメラとコンピューターが作業をスムーズにしたが、いまだにフレーム毎に3Dの物体の小さな動きを一つずつ撮影するという骨が折れるプロセスに変わりはない。プロデューサーのジェレミー・ドーソンは、そのような基本的な技術ではなく、アンダーソンの作家性が、「ストップモーション・アニメが出来ることの限界を広げた」と指摘する。
近年公開されたストップモーション・アニメ映画の代表作は、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス 』、アンダーソンの『ファンタスティックMr. FOX』、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』などだが、本作はそのどれとも異なる、ストップモーション・アニメの常識を大きく打ち破るものだ。複雑なパペットと超小型のセットから、犬たちが生きている王国が立ち上がり、観る者の感情を揺さぶる冒険が生き生きと描かれる。

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音楽のアレクサンドル・デスプラも、「非常に野心的な作品で、これまで皆が観てきたストップモーション・アニメとは全く違う。一つ一つのフレームに詰まっている情報量は驚くほど膨大でワイルドだ。美しいおとぎ話で、誰も想像したことがないような、独自の世界へと連れて行ってくれる」と証言する。

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犬たちを演じた豪華ボイスキャストによる
キャラクター分析

独立心が強い迷い犬で、予期せぬ行動を取るチーフの声を演じるブライアン・クランストンは、こう解説する。「チーフは浮いた存在だが、偉大な高潔さがある。これは権利をはく奪された犬たちの物語だが、現代の人間にも当てはまる。とてもタイムリーなテーマだと思うね。僕がチーフを好きなのは、希望があれば2度目のチャンスが来ることを教えてくれるからだ。」
仲間の平和の維持を目指すレックスの声を担当するエドワード・ノートンは、「レックスは肝が据わっていて機知に富み、自分が必要なもののために戦いたいと望んでいる」と説明する。以前、スポーツ・マスコットだったボスを演じる犬好きのビル・マーレイは、「犬は天国からの贈り物だ。彼らが地上に存在する目的は、彼らの面倒を見る人間を啓発することだ」と語る。話好きで、好奇心旺盛なデュークを演じるジェフ・ゴールドブラムは、「デュークはバランスの取れた食事、定期的なグルーミングと健康診断を望んでいる。

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これは僕が必要としている3点と大体同じだ」と笑う。犬界のセレブだったキングを演じるボブ・バラバンは、「彼は自分のことを多少特別だと感じていたと想像するね」と指摘する。
物語の鍵となるスポッツを演じるリーブ・シュレイバーは、「スポッツは厳しい訓練を受けていて、主人への忠誠心に溢れる理想的な犬だ。名誉を重んじると共に、優しい心も持っている」と解説する。
元ショー・ドッグのコケティッシュで謎めいたナツメグを演じるスカーレット・ヨハンソンは、彼女がゴミ島もでシミ一つない毛皮でいられる理由について、「古いコーヒー豆の缶に集めた生ゴミの灰を毛に塗っているのだと思うわ」と分析する。また、チーフとの関係については、「彼女はチーフの中に生き残る強さを見つけたのだと思うわ。戦う精神とリーダーの資質をね」と語る。

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未来が見えるオラクルの声を担当するティルダ・スウィントンは、「彼女は人の表情のサインを読むことが出来るの。鼻のピクピクした動きと口ね。犬を描く時、忘れてはならない大きなポイントは、犬の愛は底なしだということよ」と語る。F・マーリー・エイブラハムは、自分が演じるジュピターを大いに称賛する。「僕は彼が火酒の樽を首の周りに巻いているのが気に入っている。酒は人と共有できる楽しいものだからね。この情けない僕たちの世界で、ジュピターを正しく活用するべきだと思うよ。」

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人間たちを演じた
個性派ボイスキャスト

小林アタリの声を演じるランキン・こうゆうは、日本語と英語を話すバイリンガルの若いカナダ人俳優だ。レコーディングの時にはわずか8歳だったランキンは、この役が長編映画デビューとなった。アタリがすべてを危険に晒してもスポッツを探し出そうとする理由をランキンは、「スポッツは彼の一番の親友で、兄弟のようでもあった」からだと言う。
小林市長の声を担当するのは、共同脚本家でアンダーソンの昔からの友人でもある野村訓市だ。野村は、「小林は権力がどのように腐敗するかの好例だ。だが僕は彼が100%悪人ではなくてうれしい。彼にも多少の人間性が残っている」と語る。
ケンカっ早い交換留学生で、メガ崎高校新聞の編集者であるトレーシー・ウォーカーを演じるグレタ・ガーウィグは、「ウォーカーはとても意志の強い顔をしていて、私をとても幸せにしてくれたわ」と微笑む。

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通訳のネルソンを演じ、今回がアンダーソンとの2度目のタッグとなるフランシス・マクドーマンドは、「彼との仕事は本当に心が解放されるわ」と語る。そのような信頼は、渡辺謙、村上虹郎、伊藤晃、高山明、野田洋次郎、夏木マリ、オノ・ヨーコら日本人キャストも共有している。

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日本を正しく描くための
コンサルタント

正しい日本語と、日本のすべてを確実に本物にするために、野村訓市がコンサルタントも務めた。「訓市は僕たちが描くことに嘘がなく、より日本らしいと感じられるようにする手助けをしてくれた」とアンダーソンは感謝する。アンダーソンはさらに、野村の日本文化の知識、特に黒澤作品の中で生き生きと描かれる戦後の時代についての知識を活用した。野村は、「ウェスは実に細かい事柄を聞いてきた。たとえば『60年代初めの日本の伝統的なデパートの制服を探せるかい』というような」と振り返る。
映画の中の日本は、本物ではないが偽物でもない。野村は、「ウェスが捉えたのは、古いものと新しいものを混ぜ合わせた美しさだと思う。彼は日本のコミックと、60年代の最盛期だった頃の黒澤のイマジネーションを持ち込んだ。そして、日本の歴史のリサーチも徹底的に行った。

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だが僕は、映画にとって正しければ、すべてが日本の歴史と完璧にマッチする必要も、完全に正確である必要もないと考えていた」と語る。

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緻密でオリジナリティに溢れた
パペットの動き

本作では、Canon IDXデジタル・カメラ とDragonframeの名で知られるソフトが使用された。映画は基本的に1秒24フレームで動くので、現実と同じようなアクションにするには、パペットは1秒毎に24の異なるポーズをしなければならない。これは「on ones」アニメーションと呼ばれている。しかし、アンダーソンは「on twos」を開拓した。「on twos」だと、動きが少し不可思議なカリカリと歯ごたえのある不完全な感覚となり、ある種の美意識を刺激し、独自の感情的な雰囲気が醸し出される。
本作の中で最も複雑な場面は、渡辺教授に配達する鮨を調理するシークエンスだ。文字通り米の一粒までの細かいディテールが要求された。このシーンのためにアニメーション監督のブラッド・シーフは、3人のアニメーターと2か月以上一緒に働いた。

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完璧主義の鮨職人が放つ本物のオーラを求めたアンダーソンは、「もしパペットが包丁を正しく使えなかったり、本物の鮨職人の緻密さで魚に向かい合わなかったりしたら、愚かだし面白くない」と指摘する。

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犬たちの感情表現を重視した
パペット作り

犬のパペットは、本物の犬と同じような動きをするだけでなく、忠誠心、我慢強さ、愛情に対する直感などは、彼らを捨てた人間よりも優れていなければならなかった。アンダーソンはパペット・メーカーに、犬種ではなく感情的なトーンについて説明した。
パペット制作のリーダーのアンディ・ゲントは、まずクレイ彫刻を作り、アンダーソンがすべてのアングルからじっくり考えられるようにした。彼の了解を得ると、一つ一つのパペットの中に入れる可動式金属スケルトンの堅固な骨格作りが始まった。
さらにケントは、「犬の毛皮には、テディベアのアルパカとメリノ・ウールの毛を刈り取り再利用した。この素材はストップモーションでは非常に扱い辛い。なぜなら、ほんの僅かになびいても、輪郭がボケてしまう。

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ところがそれが本作では、ノミに喰われた感じや、みすぼらしさ、石鹸や櫛などを長い間使っていない犬の汚れた毛を強調することが出来た」と説明する。
ロボット犬は、今回3Dプリンターが使われた唯一のキャラクターだ。ニュートラル、可愛らしくフレンドリー、そして首からスパイクが飛び出す攻撃モードの3つが作られた。

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手作り感覚を残した、
血の通った人間のパペット作り

人間のパペットには、皮膚の下で勢いよく流れる血の感覚を表現するために、半透明の樹脂が使われた。ペイント担当のアンジェラ・キーリィが説明する。「ウェスはこれまでにない輝く表情を求めたの。特にアタリの皮膚はシースルーのような外観で、ひときわ輝いているわ。」
小林市長のオーダーメードのスーツから、渡辺教授のラボ・コートにウォーカーのセーラー服まで、パペットの衣装を担当したマギー・ヘイデンは、「この仕事を30年間してきたけれど、あんなにたくさんのパペットが集まったのを見たのは初めてよ。とてもエキサイティングだった」と振り返る。
小林市長の怒り肩のミッド・センチュリー風スーツは、サビルロウで修業をしたテーラーに依頼されたが、仕上がるまでに3か月近くかかった。ヘイデンのお気に入りは、アタリの光沢のあるレトロ調の飛行服だ。

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「比較的新しくて美しい工業用布を探し出して来たの。日本製だと思うわ。とてもきめの細かい合成繊維の布なのに、信じられないほど強度がある。私は大のデヴィッド・ボウイファンなのだけれど、『彼はどこかジギー・スターダストに似ているね』とウェスが言った時、『その通り』って思ったわ。」
アニメーション監督のマーク・ウェアリングは、「ウェスは手作り感を残すことに非常にこだわった。観客にクラフト技術を見て貰いたいのだと思う。彼はアニメーションのポンという音やひび割れの感覚が好きだ。動物たちの毛が毛羽立つ様や衣装の動きを見せたかったんだと思う」と解説する。

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VFX スーパーバイザーのティム・レッドベリーと彼のチームは、ほとんどCGを使用しなかった。漂う雲は綿毛で、川はサンドイッチを包む小型のコンベアベルトで流れるようにしたと語る。「このやり方はCGを使うより大変だ。CGならすべてを完全にコントロール出来る。本作はウェスが憎んでいるコンピューターの中で物を生み出すやり方ではなく、ある種オールドファッション式の挑戦だった。」

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特殊な技術の撮影と数々の名作に
オマージュを捧げる美術

本作には、長いトラッキング・ショットや、黒澤が好んだすべてのキャラクターがフォーカスされているパン・フォーカス・ショットなど、標準的ではない技術が含まれている。撮影監督のトリスタン・オリバーは、「僕は他のアニメーション映画を全く参考にしなかった」と振り返る。
セットは、赤い漆が塗られた市庁舎ドーム、モノトーンの科学ラボ、ゴミ島の灰色の廃墟と頭の上のゴミ・トロッコなど240も制作された。波、雲、煙、炎などの自然現象、毒ガス、汗、涙も物理的な素材から作られた。
プロダクション・デザイナーのポール・ハロッドは、黒澤作品からアイディアをもらい、『ゴジラ』(54)を監督した本多猪四郎の作品も参考にしたと語る。「ロボット犬とドローンには、本多の『地球防衛軍』(57)が多少入っている。『妖星ゴラス』 (62)や『怪獣大戦争』 (65)も参考にした。」また、小津安二郎の作品もハロッドに影響を与えた。

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「小津とウェスの間に、ある種の類似点があると指摘するのは僕が最初ではない。その精密さ、シンメトリーの使い方、とても深く考えられたキャラクターの立ち位置などが共通している。」
他に、キューブリック、ボンド映画も参考にした。ゴミ島の外見は、タルコフスキーの『ストーカー』の荒れ地のタッチを取り入れたとハロッドは語る。「『2001年宇宙の旅』の要素もある。ひたすら白いラボは、キューブリックへのオマージュで、制御室は『博士の異常な愛情』風だ。同作のプロダクション・デザイナーのケン・アダムが亡くなったので、彼へのオマージュを加えられてとても心が痛む。」
また、コンサルタントとして、グラフィック・デザイナーのエリカ・ドーンと、グラフィック・アーティストの成川千波が招かれた。日本史のどの時代も実際に再現する意図はなかったが、日本の美と文化の核となる理念に敬意を示したかったとドーンは語っている。

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太鼓から生まれた
全く新しい音楽

「どこか不思議で想像もつかない島を創る手伝いをするために、これまで聞いたことがない音楽でなければならない」と考えたアレクサンドル・デスプラは、日本の太鼓に注目した。だが、伝統的な演奏ではなく、サックスやクラリネットと組み合わせた。その結果、普通ではないが、招き寄せられるようなサウンドが生まれた。デスプラは、「太鼓は大幅な強弱がつけられ、非常に深いサウンドをパワフルな音量で出せるし、ソフトに演奏することも出来る。現代的な美も、古い美しさも持ち合わせている」と説明する。「犬たちには深い哀愁があるので、僕は音楽で彼らに優しくブラシをかけるように、だが実際には触れないようにしたかった。音楽を決して近付け過ぎず、犬たちの感情の周りにスペースを作りたかった。」
その他、1960年代のサイケデリック・ロック・グループ、ウェスト・コースト・ポップ・アート・エクスペリメンタル・バンドの夢のようなアコースティック曲と、渡辺薫作曲のオープニングの太鼓のシークエンスが加えられた。

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ブルックリンに本拠地を置く渡辺は、「ある日、ウェスがドアを開けて5分後に、僕たちは即興演奏をしていた。セッションの後、彼が『さて、いつスタジオに来てくれるかな?』と言ったんだ。それは本当に素敵な音楽的な出会いだった」と振り返る。また、渡辺は太鼓が神話や民話の感覚を加えたと指摘する。「古来より太鼓は、神や祖先と通信して得た重要な物語を、人々に伝えるために使われた楽器だ。」
最後に、ジェレミー・ドーソンがまとめる。「『犬ヶ島』はコメディとドラマに満ちた壮大な旅の物語で、侍映画と冒険映画のスピリットもある。あらゆる面でスケールの大きな映画だが、誰もが共感できるシンプルでベーシックな友情と信頼の物語でもある。」

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